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欧州オムニバス草案解説:サステナビリティ規制の大幅緩和とその影響

ゼロボード総研所長 グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事

待場 智雄

前回のインサイト(米新政権下での企業対応:脱炭素とESG戦略の進化に向けた挑戦)で、2024年9月にマリオ・ドラギ前イタリア首相・前欧州中央銀行総裁が発表した欧州連合(EU)の競争力強化に向けた「ドラギレポート」で、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)など開示義務の25%削減、中小企業には50%削減を提言したことを紹介した*1)。これを受け、CSRD、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミーを「オムニバス・パッケージ」にまとめる作業が進んでいたが、2025年2月26日、この草案が公開された。*2) 

オムニバス化によるサステナビリティ開示規制の緩和は、専門家らの予想を上回る大幅な内容だった。以下に速報として、簡単に変更点をまとめた。草案には、炭素国境調整措置(CBAM)についての変更も含まれている。

CSRD

  •  2026、27年から開示義務が予定されていた企業への適用を2年間後ろ倒しに。
  • 適用対象を、貸借対照表2500万ユーロ超、売上高5000万ユーロ超、従業員1000人超の大規模企業に限る。これにより適用対象企業は80%減に。
  • 従業員1000人以下の企業に対しては、データ要求を大幅に減らした自主的開示基準を提示。
  • 欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)のデータポイント数削減、不明瞭な開示要求の整理。セクター別開示基準の作成を中止。
  • 第三者保証負担を減らす。
  • ダブルマテリアリティ原則の適用は維持。

CSDDD

  • デューデリジェンス実施の対象を直接のサプライヤーに限定。
  • サプライヤー監査の要求を毎年から5年ごとに。
  • 民事責任項目を廃止し、多大な補償を回避。不履行による被害者補償は保証。
  • 第1期の適用を2028年からに1年延期。

EUタクソノミー

  • 報告義務の負担をCSDDDの範囲(従業員1000人超かつ世界年間純売上高が4億5,000万ユーロ以上-EU域外企業はEU内年間純売上高が4億5,000万ユーロ以上)に限定。他企業は自主的なタクソノミー連携が可能に。
  • 部分的なタクソノミー連携のオプションを導入。
  • 報告テンプレートのデータポイント数を約70%削減。
  • 売上、資本支出、総資産への影響が10%以下の活動についての報告を除外。
  • 化学製品の使用・保管を巡る汚染防止・管理に対する「重大な危害を与えない」(DNSH)基準を簡素化。
  • 銀行は、CSRDの範囲外になる企業をグリーンアセットレシオ(GAR: 総資産に占めるタクソノミー準拠活動への投資割合)の対象から除外できる。

CBAM

  • 年間輸入量が50トンを超えない約90%を占める中小・個人輸入業者を適用除外に。
  • 実施開始を2027年に1年延期。
  • 認可手続きや含有排出量(embedded emissions)の計算・報告要求を簡素化。
  • 適用物品の拡大を2026年初頭に提案。


グローバル市場での競争力への影響を懸念してきた欧州企業、そしてEU規制への準拠を迫られてきた日本を含む域外企業は、胸をなでおろしていることだろう。一方で、これは簡素化ではなく規制緩和だと批判の声も早速多数上がっている。私が基準審議会(GSSB)理事を務めるグローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)のロビン・ホデス新CEOは、「CSRDの野心を削ぐことは競争力強化と逆行している。イノベーションを加速し欧州に投資を呼び込むためには、サステナビリティ情報が重要な役割を果たすはずだ」との声明を出した。*3) 

とはいえ、大企業への開示義務はほぼ維持されており、日本企業にとってもいぜんこれらの開示規制への注視は欠かせない。草案は今後欧州議会と欧州理事会の審議に掛けられ、採択を巡って白熱した議論が繰り広げられるだろう。サステナビリティ開示規制オムニバス化の影響については、明らかになるにつれ改めて報告したい。


*1) 日本貿易振興機構、2024年9月19日「ドラギ前ECB総裁、EUの競争力強化に向けた報告書を発表、巨額のEU共同債発行を提言」:https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/09/14e4bbe4f128296e.html

*2) European Commission, Commission simplifies rules on sustainability and EU investments, delivering over €6 billion in administrative relief, press release, 26 February 2025, https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_614.

*3 )Global Reporting Initiative, Limiting CSRD is a backward step for EU sustainability, 26 February 2025, www.globalreporting.org/news/news-center/limiting-csrd-is-a-backward-step-for-eu-sustainability.



  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2024年6月より日EUグリーンアライアンス・ファシリティのチームリーダーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。