脱炭素・エネルギー目標の改訂:1.5℃目標に応える日本のリーダーシップは?
この年末、ネットゼロへ向けた脱炭素の方向性を定める日本の目標の審議が終了を迎えた。ここ数か月にわたって、将来の電源構成を定める「第7次エネルギー基本計画」(エネ基)と、パリ協定の下で5年ごと、次は2025年2月に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局への提出が求められている*1)「国が決める貢献」(NDC)が、並行審議されてきた。
昨年12月24日に環境省と経済産業省がまとめ次期NDCに含まれる温室効果ガス(GHG)排出削減目標は、2013年度比で35年度に60%減、40年度に73%減となった。2020年10月に当時の菅義偉首相が2050年のカーボンニュートラルを打ち出し、それに合わせて2030年度に13年度比で46%削減という現行目標を翌年NDCとして国連に提出したが、これを50年ネットゼロに向けてそのまま直線を引いた数値で、脱炭素へのペースを今後速めることはないということになる(図1)。
図1 GHG排出量実績と次期NDCの削減目標経路*2)
(出典:環境省・経済産業省「2050年ネットゼロに向けた我が国の基本的な考え方・方向性」p.3)
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、産業革命前からの世界平均気温上昇を1.5℃以内に抑える目標の達成には、世界全体のGHG排出量を2019年比で30年までに43%、35年までに60%削減する必要があるとしている*3)。これを日本の目標基準の2013年比に直すと35年までに66%減となり、現行の直線的経路では足りない。さらに民間研究機関連合のクライメート・アクション・トラッカー(CAT)は、パリ協定達成のためには、日本は13年比で30年までに69%、35年までに81%減らす必要があると分析しており、今回の目標はそれをかなり下回る*4)。
このほど石炭火力全廃を達成した英国は、UNFCCC第29回締約国会議(COP29)で2035年までに1990年比でGHG排出量を81%削減する目標を発表*5)。米バイデン政権も12月19日、トランプ政権発足で意味をなさないとは言え、2035年に05年比で61~66%削減するという新目標を発表*6)。EUでは欧州委員会が2040年までに1990年比で90%減を勧告しており、先進国の中で日本の動きは見劣りがする。政府は、現行の削減目標に向けて「オントラック」を継続していると強調しており、その通りなら、現行を上回る方向性を打ち出せたのではないだろうか。
12月25日に開かれた経産省の有識者会議で了承された新たなエネ基の電源構成の目標案は、2040年度に再生可能エネルギーが4~5割、火力が3〜4割、原発が2割程度と幅を持たせた内容となった。再エネ目標の内訳は、太陽光が22〜29%、風力4〜8%、水力8〜10%、地熱1〜2%、バイオマス5〜6%。現在の第6次基本計画にある、原発は「可能な限り依存度を低減する」、再エネは「最優先で取り組む」という表現を削り、原発、再エネともに「最大限活用」するとした。生成AIの普及に伴うデータセンターや半導体工場の新設で2040年度の発電電力量が23年度から最大2割増加するとの前提でまとめられたとのことだが、割合だけ見ると、現行2030年目標の火力41%、再エネ36~38%、原子力20~22%とさして変わりがない。しかも、再エネ3倍化、エネルギー効率改善率2倍化、化石燃料からの脱却というCOP28での最終合意からほど遠い。
一方で、原発再稼働・増設への道のりは険しく、再エネはペロブスカイト太陽電池や浮体式洋上風力、火力温存は水素やアンモニアの活用、CO2の回収・貯留(CCS)など将来技術の発展に頼っており、この目標すら絵にかいた餅に終わる可能性もある。現に、今は7割近くの発電を火力に頼っており、現行目標からも大きく逸れている(図2)。そもそもエネ基に強制力はなく、目標が達成できない場合の説明責任は不明瞭である。
図2 電源構成の推移
*第7次エネルギー基本計画(2040年)は火力発電源の内訳を示していない。
各電源の割合は幅を持たせた表記となっており、図では中間値を取った。
(出典:資源エネルギー庁「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績(速報)」*7)、「エネルギー基本計画の概要」(令和3年10月)8)、「エネルギー基本計画(原案)」(令和6年12月)*9)をもとにゼロボード作成)
とくに今回の審議のあり方は、市民団体側から批判の的となった。長々と技術やセクターごとに意見聴取を行った結果、まるで料理番組のように用意されていた政府側の原案が最終局面で示されるやり方では、審議は儀式に過ぎないと言われても仕方がないだろう。ボトムアップ方式は日本の慣習に沿った形かもしれないが、気候変動のような緊急かつ世界的課題には、トップダウンで目指すべき姿をまず決め、それをどうやって実現するかというバックキャスティングによる議論と合意形成が欠かせないと思う。EUでは、第三者機関の気候変動に関する欧州科学諮問委員会(ESABCC)による分析を基に欧州委員会の勧告が練られ、欧州議会や欧州理事会の議論を経てGHG排出削減目標およびNDCが定められる。
先の衆院選では「103万円の壁」が話題を席捲し、気候変動やエネルギー課題は争点にすらならなかった。NDC・エネ基の審議も新聞では多少報じられたものの、私の見る限りテレビのニュース番組でほぼ取り上げられなかった。欧米では善きにつけ悪しきにつけ、気候変動対策が選挙の最大論点の一つとなっているのを見ると、彼我の差を感じる。
産業界の脱炭素への関心と取り組みは、4年前の菅元首相の英断で大きく前進し、ゼロボードの創設にもつながった。NDC・エネ基は新年からのパブリックコメントを経て閣議決定となるが、今一度石破首相をはじめ政治家のリーダーシップを期待したい。また、1月26日までコメントを提出できるので、皆さんもご参加ください*10)。
<参照元>
*1) 外務省「日本の排出削減目標」ウェブサイト:www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000121.html
*2) 環境省・経済産業省「2050年ネットゼロに向けた我が国の基本的な考え方・方向性」p.3:https://go.zeroboard.jp/e/967333/ndanka-2050-pdf-006-s01-00-pdf/6rpls/737541674/h/nQrxrQRW131mTzt5644qb7R_0o6ER8175mqggogLp0s
*3)環境省地球環境局「IPCC 第6次評価報告書(AR6)統合報告書(SYR)の概要」、2024年11月版:www.env.go.jp/content/000265060.pdf
*4) Climate Action Tracker, Japan webpage:UK:https://climateactiontracker.org/countries/japan/
*5) UK Government, Prime Minister’s National Statement at COP29, 12 November 2024:www.gov.uk/government/speeches/prime-ministers-national-statement-at-cop29-12-november-2024
*6) The White House, President Biden's Historic Climate Agenda website:www.whitehouse.gov/climate
*7) 資源エネルギー庁「令和5年度(2023年度)エネルギー需給実績(速報)」:https://go.zeroboard.jp/e/967333/nergy-pdf-gaiyou2023fysoku-pdf/6rplw/737541674/h/nQrxrQRW131mTzt5644qb7R_0o6ER8175mqggogLp0s
*8) 「エネルギー基本計画の概要」(令和3年10月):https://go.zeroboard.jp/e/967333/-20211022005-20211022005-2-pdf/6rplz/737541674/h/nQrxrQRW131mTzt5644qb7R_0o6ER8175mqggogLp0s
*9) 「エネルギー基本計画(原案)」(令和6年12月):https://go.zeroboard.jp/e/967333/committee-2024-067-067-006-pdf/6rpm3/737541674/h/nQrxrQRW131mTzt5644qb7R_0o6ER8175mqggogLp0s
*10) パブリックコメントの概要:NDC: https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/detail?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=195240104
エネルギー基本計画:www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/opinion/2024_public.html