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米新政権下での企業対応:脱炭素とESG戦略の進化に向けた挑戦

目次

ゼロボード総研所長 グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事

待場 智雄

1月20日にトランプ米大統領の就任式が行われたが、即日に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定から再び離脱する大統領令に署名する*1)など、米国の脱炭素・ESG対応の大転換が世界に波及する影響を心配する声が高まっている。

中でも、就任前から米大企業の転向の素早さが目を引く。トランプ氏と長年対立してきたFacebook等を抱えるメタは、多様性・公平性・包摂性(DE&I)への社内の取り組みとSNSのファクトチェック機能を廃止、大統領就任式の資金に100万ドルを寄付したと発表した。このほか、マイクロソフトやアマゾン、フォード、ウォルマート、マクドナルドなどが同様に多様性に配慮した取り組みを止めるもしくは見直す措置を取った*2)。就任式に、テスラのイーロン・マスク氏をはじめ、世の中の変革をリードするテック企業トップらが一堂に会し、新大統領から厚遇を受ける様は滑稽ですらあった。

もう一つの顕著な動きは、脱炭素移行を推進する有志連合で国連が支援する「グラスゴーネットゼロ金融同盟」(GFANZ)の業態別イニシアティブから脱退する金融機関が相次いでいることだ。これまでに、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、ゴールドマン・サックスグループなどがネットゼロ銀行同盟(NZBA)から、ブラックロックなどがネットゼロ資産運用会社同盟(NZAM)から、ムーディーズやシカゴ・オプション取引所がネットゼロ金融サービスプロバイダー同盟(NZFSPA)から、それぞれ離脱した*3)

しかし、各社とも脱炭素への取り組みは依然続けるとしており、ブラックロックは「脱会をしたからといって顧客資産の投資運用姿勢が変わるわけではない」と述べている *4)。DE&Iプログラムをめぐっては、保守派の諸団体が大企業に法的措置を取ると脅しているとされるほか、金融各社によるESG目標の設定が談合や反競争的行為だとして各州からの訴訟や規制当局による調査を受けるようになっており、当座のリスクに対応した動きだと見られる。保険業界においては2023年、米国で反ESGの動きが激化したことで、欧米各社や国内損保大手3社がネットゼロ保険同盟(NZIA)から脱退しており、それと同様の行動だと考えてよいのではないか*5) *6)

欧州でも2024年6月の欧州議会選挙で右派・極右勢力が大幅に得票を伸ばしたことで、脱炭素・ESG施策の減速が懸念されている。同9月 、マリオ・ドラギ前イタリア首相・前欧州中央銀行総裁はEUの競争力強化に向けたいわゆる「ドラギレポート」を発表し、企業負担が大きくイノベーションを阻害する可能性があるとして、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)など開示義務の25%削減、中小企業には50%削減を提言した*7)。欧州委員会委員として自らCSRDを牽引してきたバルニエ仏前首相が10月、CSRDの適用延期を提起。続いて11月には、フォンデアライデン欧州委員会委員長が、CSRD、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミーをまとめて「オムニバス規制」にすると発言した。ショルツ独首相もこの1月、CSRD適用の2年間延長と適用基準緩和を要請している。*8)

こうした欧米での動きをどう捉え、日本企業はどう行動すべきなのか。長年ESGの動きを分析・発信してきた元国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP-FI)のデイビッド・カーリン氏は、「決して減速ではなく、さらに進化する時がやってきた」と言う。すなわち、企業は対外的にサステナビリティをアピールすることから、これまでに宣言した約束を静かに実行すべき段階に入ったとする。それに伴い、サステナビリティ担当の役割は組織内をつなげ、新規事業・取引、サプライヤー関係、戦略決定への助言を求められるものになる。そして、サステナビリティが新しい市場開拓や効率改善による経費削減機会という経済的価値を創出する源となっていくのだという。また、金融機関は投融資先にESGを押し付けるのではなく、信頼できるパートナーとして顧客の脱炭素・サステナビリティを静かに支援していく役割を担っていくようになるとする *9)

EUの様々なサステナビリティ規制は長年の議論を経て成立したものであり、また気候変動対策の緊急性は市民の間に幅広く共有されていることから、CSRD等は適用範囲や時期に多少の変更が考えられるものの、現行の内容から大きく変わることはないと思われる。これまで、欧州委員会の官僚が規制導入により取り残される可能性のある側への聞く耳を十分に持って来なかったことへの反動がここへ来て噴出し、各国首脳らがその配慮に追われているのが実情だと考える。

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出典:気候行動に賛同する各界リーダーによるAMERICA IS ALL INキャンペーンサイト
www.americaisallin.com

一方で米国では、トランプ氏が従来の民主主義的手続きを越え、大統領令を連発して反脱炭素・ESG・多様性・移民の施策を打ち出すことで、目指すべき社会像の対抗軸が明確になった。対して、米国気候連盟に加盟する24州の知事がパリ協定へのコミットメントを国連に伝え、マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長がUNFCCC運営予算の米国負担分を肩代わりすると発表した*10)。また、アップルの取締役会はDE&Iプログラムを廃止する提案に反対票を投じるよう株主らに要請した*11)という。経営者らが当面こうべを垂れる中で、大統領に対抗する動きも徐々に出てくるだろう。4年間の雌伏の時は、まだ始まったばかりだ。


<参照元>

*1)Presidential Actions, January 20, 2025, “Putting America first in International Environmental Agreements”: https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/putting-america-first-in-international-environmental-agreements/

*2) 日本経済新聞、2025年1月8日「メタがファクトチェック廃止 トランプ氏接近へ方針転換」:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN07DAQ0X00C25A1000000/

日本経済新聞、2025年1月20日「多様性の看板下ろす米企業」:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO86156960Z10C25A1TYA000/

Business Insider, July 15, 2024, ”Microsoft laid off a DEI team, and its lead wrote an internal email blasting how DEI is no longer business critical’ ”:https://www.businessinsider.com/microsoft-layoffs-dei-leader-email-2024-7

日本経済新聞、2025年2月8日「Amazon、年次報告書に「多様性」記載せず 雇用方針で」:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN073PO0X00C25A2000000/

*3)Bloomberg、2025年1月1日「銀行業界の気候変動対策グループ脱退相次ぐ-シティとBofAも表明」:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-01-01/SPDW4ST0G1KW00

Bloomberg、2025年1月10日「ブラックロック、気候変動対策グループ脱退-米大手行に続く動き」:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-01-10/SPUB4ZDWX2PS00

一般社団法人環境金融研究機構「国連支援のネットゼロ金融同盟のうち「ネットゼロ金融サービスプロバイダー同盟(NZFSPA)」から、シカゴ・オプション取引所(CBOE)が離脱。昨年11月のMoody'sの離脱に次ぐ(RIEF)」:https://rief-jp.org/ct6/153237?ctid=

*4)日本経済新聞、2025年1月10日「ブラックロック、温暖化の国際的枠組みから離脱」: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN100ZO0Q5A110C2000000

*5)Bloomberg、2023年5月30日「国内損保大手3社が脱炭素の保険業界連盟を脱退-欧州でも相次ぐ」: https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-05-30/RVG91AT0G1KW01 

*6) NZIAは2024年4月に解散となり、「保険業界のネットゼロトランジションのためのフォーラム」(FIT)に衣替えした。https://www.unepfi.org/forum-for-insurance-transition-to-net-zero

*7)日本貿易振興機構、2024年9月19日「ドラギ前ECB総裁、EUの競争力強化に向けた報告書を発表、巨額のEU共同債発行を提言」:https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/09/14e4bbe4f128296e.html

*8)日本貿易振興機構、2024年11月18日「EU首脳、産業競争力強化の方針を再確認、欧州委はCSRDとCSDDDの再編の方向性示す」:https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/11/31815ac353ad8046.html

一般社団法人環境金融研究機構、「独ショルツ首相、欧州委員長に対し「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」の2年間延長と適用基準緩和を要請する書簡。ドイツの選挙対応と、EUの競争力強化策への転換を意図(RIEF) 」:https://rief-jp.org/ct4/152656

*9)David Carlin, “3 Ways Sustainability Will Change In 2025: Are You Ready?”, Forbes Online, 23 January 2025 https://www.forbes.com/sites/davidcarlin/2025/01/23/3-ways-sustainability-will-change-in-2025-are-you-ready 

*10)Reuters、2025年1月24日「ブルームバーグ氏慈善組織、トランプ氏が中止する国連気候対策資金提供をカバー」:https://jp.reuters.com/markets/commodities/VGQPMZLF3ZPLHD5LXQEOAOPZ6E-2025-01-24/

*11)BCC NEWS Japan、2025年1月14日「米アップル取締役会、多様性プログラム廃止案への反対を株主に呼びかけ」:https://www.bbc.com/japanese/articles/cdjd38y0dr7o


  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2024年6月より日EUグリーンアライアンス・ファシリティのチームリーダーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。