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オランダのホテルが実践するサステナビリティ:『ナッジ』で脱炭素を後押し

今年の初めより、グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)の審議機関(GSSB)の理事を務めることになり、半年に一度対面での会合出席のため、オランダを訪れている。

ここでは、サステナ開示の固い話ではなく、審議の合間に訪れる先々で目にする脱炭素・サステナ関連の動きを皆さんにお伝えしたい。

移民排斥を唱える極右政党が第一党となったオランダだが、再エネの急拡大など、民間レベルでは依然脱炭素の動きは前進しているように感じた。

今回シェアしたいのは、同国南端のマーストリヒト市で泊まった駅前の安ホテルの話。

おそらく100年ほど前の住宅を改装したその宿は、まず入り口で「Ukiyo(浮世)」という日本の言葉の解説で出迎えられる(写真①)。

「そうだ、日頃のごたごたを忘れよう」という新たな心持ちで部屋に入ると、カードキーを差し込むところに電気が化石燃料で発電されていることを示す絵が描かれていて(写真②)、一挙に現実に引き戻され罪悪感を覚える。

だが、室内のデスクの上には「タオルや寝具を一晩替えないごとにこちらで木を1本植えます」という札が置かれていて、単に環境にやさしいというのではなく具体的に自分が役立てることに、先の罪悪感を打ち消すモチベーションが上がる(写真③)。

浴室に入ると「5曲歌う代わりに2曲で(シャワーを)済ませたら30リットルも水が節約できる」など、面白おかしくかつ数値化されたスローガンがアクションを後押しする(写真④)。

また、環境だけでなくソーシャルな面でも配慮がなされていた。
今どきオランダではどこも無人チェックインが普及していて味気がないものだが、その代わりなのか無料のコーヒーマシーンと寝酒がロビーにあって、宿泊者どうしが会話できるようになっていた(写真⑤)。

部屋にポットや茶器が置かれてないので、自然にロビーに出て来ざるを得ない。一方、部屋で静かに過ごしたい人向けに金魚鉢を有料で貸し出してもいた。

近年行動経済学の考え方を踏まえ、強制をせずに行動変容を促す手法として、そっと後押しするという意味の「ナッジ(nudge)」が注目されているが、このホテルはこの手法を具体的に活用しているのだろう。

脱炭素に関心が薄い人もその気にさせそうなこんなアイデアを、日本でもあちこちで見かけるようになると楽しいだろうなと感じた。

  • 記事を書いた人
    待場 智雄(ゼロボード総研 所長)

    朝日新聞記者を経て、国際的に企業・政府のサステナビリティ戦略対応支援に携わる。GRI国際事務局でガイドライン改訂等に携わり、OECD科学技術産業局でエコイノベーション政策研究をリード。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)で世界各地の再エネ技術データのナリッジマネジメント担当、UAE連邦政府でグリーン経済、気候変動対応の戦略・政策づくりを行う。国連気候技術センター・ネットワーク(CTCN)副所長として途上国への技術移転支援を担い、2021年に帰国。外資系コンサルのERMにて脱炭素・ESG担当パートナーを務め、2023年8月よりゼロボード総研所長に就任。2024年1月よりGRIの審議機関であるグローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)理事、2024年6月より日EUグリーンアライアンス・ファシリティのチームリーダーを務める。上智大学文学部新聞学科卒、英サセックス大学国際開発学研究所修士取得。