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欧州電池規則がもたらすインパクト③〜上市までのプロセスと適合性評価〜

目次

ゼロボード事業開発本部自動車チーム 野底 琢
ゼロボード事業開発本部自動車チーム 大神田 佳希

 2023年11月の欧州電池規則インパクトレポート②では欧州電池規則で求められるカーボンフットプリント(以下CFP)の算定における必要事項や、そのためのサプライチェーン(以下SC)のデータ連携、そしてその手段となるOuranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)等のサプライチェーンデータ共有基盤にフォーカスし内容をまとめた。今回は、欧州電池規則に基づく上市までのプロセスを中心に、開示が要求される報告書、報告書に対する第三者検証、および検証要件を満たすためのサプライヤーとOEM間でのCFPデータの連携パターンについても掘り下げていきたい。

欧州電池規則に基づく上市までのプロセス

 前回のコラムにおいて、2025年2月における欧州電池規則対応では蓄電池の性能要件の取りまとめとCFP算定が必要であることを提示した。本章では、そうして取り纏めた蓄電池に関する属性情報を報告し、審査を受け、対象の蓄電池を欧州市場で上市するまでのプロセスを説明する。蓄電池の種別や生産形態(継続生産か、限定生産か)によって、報告書の書式や適合性評価(第三者検証)の要否が異なるため、今回はEVやPHVを含む電動車に搭載される、継続生産される蓄電池に係る上市プロセスを説明する。

 蓄電池の属性情報の取りまとめから上市までのプロセスの詳細として、以下の通り業務順序を提示する。基本的には欧州電池規則の原文*1のArticle4、Article6における要求事項及び第三者検証機関へのヒアリングをもとに、ZB社で業務順序を洗い出した。

  1. 製品試験の実施
    ・WLTP型試験等を実施し、電動車のバッテリー性能を評価
    ・評価結果をテストレポートにまとめ管理
  2. 技術文書、品質システム文書、CFP研究文書の作成
    ・蓄電池の製造図面、規格情報や仕様情報等の技術要件を記載した技術文書の作成
    ・製品品質に関するガバナンス、品質に関する製品試験結果等を記載した品質システム文書の作成
    ・蓄電池のCFP算定結果、DQRスコア、カットオフ等の算定要件事項を記載したCFP研究文書の作成
  3. Notified Body(適合性評価機関)へ評価の依頼
    ・対象の蓄電池について、Notified Bodyを1社選定し、各種文書が欧州電池規則における対応要件に適合しているか評価を依頼
  4. Notified Bodyによる評価結果の確認
    ・Notified Bodyより適合性評価を実施し、Statement(評価結果に関する表明書)を発行
  5. EU 適合宣言書(EU Declaration of Conformity)を作成し、必須要求事項を全責任において宣言
    ・Notified Bodyより発行されたStatementに基づき、EU適合宣言書を作成
    ・評価を実施したNotified Bodyの情報や対象の蓄電池を特定するための情報をEU適合宣言書に記載
  6. CE マーキングの貼り付け
    ・CEとは「Conformité Européenne(英語:European Conformity)」の略
    ・欧州電池規則に適合した蓄電池であることを示すCEマーキングを蓄電池に貼り付け。CEマーキングの具体的な内容については、日本貿易振興機構(JETRO)ウェブサイト*2、経済産業省ウェブサイトを参照*3
    ・なお、CEマーキングは、バッテリーに目立つよう、はっきりと、そして永続的に取り付けられるものとされる。バッテリーの性質上、それが不可能または正当でない場合、バッテリーの梱包および伴う文書に取り付けられることも可能性である。
    ・貼り付け後の蓄電池を電動車へ搭載 
  7. 欧州市場へ上市
    ・欧州電池規則に適合した蓄電池が搭載された電動車を欧州市場へ上市

 欧州電池規則におけるCFP算定要件が施行される2025年2月18日には、蓄電池パックの製造事業者又は電動車の製造・販売事業者は、上記のプロセスをすべて完了した状態で、電動車を欧州市場へ上市させる必要がある。欧州への車両の輸送期間に2ヵ月、CEマーキングの貼り付け及び蓄電池車載に1~2週間、Notified Bodyによる評価からStatement発行までに2ヵ月程度を要すると仮定すると、②の「技術文書、品質システム文書、CFP研究文書の作成」自体は2024年の8~9月中には完了する必要があることが伺える。

(欧州電池規則本文*1及びバッテリーサプライチェーン事業者へのヒアリングを基に弊社作成)

欧州電池規則における適合性評価機関:Notified Bodyについて

 改めての説明であるが、Notified Bodyとは欧州電池規則との適合性評価を実施する第三者検証機関である。欧州委員会の加盟国政府の国内法の下で、Notifying authority(通知機関)が設置される。既存の検証機関はNotifying authorityへ手続きし、Notifying authorityより適正を評価される。評価の結果、通知を受けた第三者検証機関はNotified Bodyとして認定され、以降において蓄電池メーカーへ欧州電池規則への適合性評価を実施することができる。Notifying authorityはNotified Bodyの評価、通知だけでなく、監査も実施する。  

(欧州電池規則本文*1を基に弊社作成)

 基本的には欧州委員会の加盟国に本店、支店の有る第三者検証機関が対象となる。今後、Notified Bodyとして認定可能性のある代表的な機関としては、ドイツであればTUV SUD社、フランスであればソコテック社、ノルウェーであればDNV社、スイスであればSGS社が存在する。また欧州委員会加盟国ではないものの、英国であればBSI社もある。上記の第三者検証機関について、いずれも日本に支社を展開している。

欧州電池規則の適合性評価で要求される文書

欧州電池規則の原文*1の「Annex VIII, モジュールD1『5. Quality System』」によると、蓄電池を製造し欧州市場へ上市する事業者は、対象の蓄電池についてNotified Bodyに欧州電池規則の適合性評価の申込をする必要がある。申込に際して、下記の通りの情報・文書を用意する必要がある。先ほどの上市までのプロセスの②で提示した通り、技術文書、品質システム文書、CFP研究文書の3つも含まれる。

(欧州電池規則本文*1を基に弊社作成)

 技術文書や品質システム文書について具体的な記載必須事項が示されている一方で、CFP研究文書の記載事項の詳細については未決定であり、2024年2月までの期限で採択が予定されているCFP算定方法に関する委任法を待つ必要がある。前回のコラムで紹介した、欧州共同研究センター発行の最終ドラフト*5において、CFP研究文書の記載事項を提案されていることから、本コラムにおいては同文書も参考にする。その上で各文書の詳細を以下に示す。

【技術文書について】

 技術文書は、欧州電池規則の原文*1のArticle6~10及びArticle12、13、14で定められた適用要件に対して、対象の蓄電池の適合性を提示するために作成される。Notified Bodyや規制当局が適合性を評価できるようにするため、技術文書において蓄電池の設計、製造、運用における仕様・企画・CFPやリサイクル率等の環境情報とそれらのエビデンスを記載する必要がある。上記の適用要件に基づく開示情報には、水銀やカドミウムなどの有害物質の含有制限(Article6)、カーボンフットプリントの算定(Article7)、リサイクル材の使用(Article8)、電池性能・耐久性の評価(Article9、10)、電池の予想寿命の評価(Article14)などが含まれる。

(欧州電池規則本文*1を基に弊社作成)


【品質システム文書について】

  品質システム文書では、対象の蓄電池の品質を管理するための社内プログラムや計画、管理マニュアル・手順、試験記録に関して、一体系的かつ一貫性のある品質管理システムがわかる様、記載する必要がある。技術文書で記載された欧州電池規則の適用要件へ準拠していることを保証

(欧州電池規則本文*1を基に弊社作成)


【CFP研究文書】

 欧州電池規則の原文*1の「Annex Ⅱ Carbon footprint」によると、Article7で要求されるカーボンフットプリントの計算および検証の方法はバッテリーの「製品環境フットプリントカテゴリー規則(PEFCRs)」に準拠することが明示されている。現状において、「PEFCRs」として準拠対象になりうるCFP算定規格は、欧州共同研究センター発行の最終ドラフト(通称:JRCレポート)」が想定される。JRCレポートにおいて、対象の蓄電池のCFP計算結果が同ガイドラインに準拠しているかどうかを対外的に開示するための「公開版CFPサポーティングスタディーレポート」と、Notified Bodyが検証・適合性評価を実施するための「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」の2つを作成することが要求されている。

 「公開版CFPサポーティングスタディーレポート」における記載事項は、下記の資料の通りである。欧州電池規則の原文*1のArticle7によると、「カーボンフットプリントの値を支持する研究文書の公開版へのアクセスを提供するウェブリンク」を用意することが明記されている。よって、本ドキュメントは、宣言事業者のHPへアップする必要がある

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

 Notified Body向けに提出する「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」は下記のとおりである。Notified BodyがJRCレポートにおける算定要求事項に準拠しているかどうかを評価できるように、本ドキュメントには、CFPの明細となる算定対象項目ごとの算定ロジック、活動量データや排出原単位データの出典やエビデンス情報を明記する必要がある。

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

CFP研究文書作成に向けたサプライヤーとメーカー間のCFP関連情報の連携について

 前回のコラムで説明した通り、JRCレポートによると蓄電池のCFP算定において、セル、正極材、負極材、電解液、正極活物質、負極活物質等において、原料ごとの構成量や製造時のエネルギー消費量については製造現場に基づく一次データでの算定が必要とされる。すなわち、宣言事業者である蓄電池製造業者において、電池セルメーカーや電極メーカー等のサプライヤーから部品単位の排出量情報の連携が必要となる。

(JRCレポート*4及び経済産業省蓄電池のカーボンフットプリント資料*5を基に弊社作成)   

 さらに前章で説明した通り、Notified Bodyの適合性評価に向けて作成が必要な「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」においては、サプライヤーにとって事業上秘匿性の高いセルや電極における原料の構成情報や電力、水などのユーティリティーの製品単位の消費量情報の提供が要求される。連携が必要な情報が錯綜しているため、連携目的からひも解いて下記の通り整理する。

連携目的サプライヤーが連携すべき情報左記情報の要閲覧者
宣言事業(蓄電池メーカー)がCFP算定するため・部品全体のCFPデータ(ライフサイクルステージ別)
・DQR値※
・宣言事業者(蓄電池メーカー)
・Notified body
Notified Bodyが対象の蓄電池のCFPが要件に準拠して算定されているか評価するため・部品のCFP明細(算定対象項目ごとの算定ロジック、活動量、排出係数、DQR値など)
・カットオフ基準
・各データのエビデンス情報等
・Notified body

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

 上記の整理に基づくと、部品のCFP明細情報など、必ずしも宣言事業者(蓄電池メーカー)を介する必要が無い情報も存在する。よって、JRCレポートでは、サプライヤーとメーカーとNotified Body間でのデータ連携の取りうるオプションを下記の通り、3つ提案している

オプションNo概要プレイヤー別連携データ
オプション1宣言事業者が全データを受領しNotified Bodyへ提出•サプライヤーは全データを宣言事業者へ提出
•宣言事業者は、全データを管理し、適合性評価に必要なデータをNotified Bodyへ提出
オプション2各事業者がNotified Bodyへ評価に必要なデータを提出•サプライヤーはCFP値を宣言事業者へ提出
•宣言事業者はNotified Bodyへ適合性評価に必要なデータが提出されることを保証
•各事業者がNotified Bodyへ評価に必要なデータを直接提出することが想定
オプション3委託された第三者(データ管理会社又はコンサル会社等)が全データを受領しNotified Bodyへ提出•宣言事業者は第三者へ全データ連携受付、管理、適合性評価機関への提出を依頼
•サプライヤーは全データを第三者へ提出
•第三者は、全データを管理し、適合性評価に必要なデータをNotified Bodyへ提出

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

詳細を下記に記載する。

 【オプション①】宣言事業者が全データを受領しNotified Bodyへ提出

 サプライヤーはすべての情報を宣言事業者へ提供し、宣言事業者が取りまとめた上で、「公開版CFPサポーティングスタディーレポート」と「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」を作成し、Notified Bodyへ提出する。本オプションのメリットとしては、適合性評価依頼~評価におけるプロセスが宣言事業者とNotified Body事業者間で実施されるため非常効率的ではある。他方、デメリットとしては、サプライヤーにとっての事業上秘匿性の高い情報をすべて宣言事業者へ提供する必要があるため、取引上の不和が生じる可能性がある。

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

【オプション②】各事業者がNotified Bodyへ評価に必要なデータを提出

 サプライヤーは、部品の総CFP値等、宣言事業者が自社のCFP算定に必要な情報のみ連携し、宣言事業者は取りまとめた上で、「公開版CFPサポーティングスタディーレポート」を作成する。その上で「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」におけるNotified Bodyへの連携事項については、各々の事業者で自社部品のCFPの適合性評価に必要な部分要件に関連する情報を取りまとめ、各々でNotified Bodyとやり取りし連携する。この場合のメリットとしては、サプライヤーにとっての事業上秘匿性の高い情報は宣言事業者を介さないため、セキュリティーが担保される。他方、デメリットとしては、サプライヤーと宣言事業者の各々でNotified Bodyとやり取りする業務が発生する。

(JRCレポート*4を基に弊社作成)【オプション③】委託された第三者が全データを受領しNotified Bodyへ提出

 宣言事業者は第三者のデータ管理事業者へCFP関連情報の取りまとめを委託する。サプライヤー及び宣言事業者は、すべての情報を秘密保持契約の下で第三者のデータ管理事業者へ提供し、第三者のデータ管理事業者が取りまとめた上で、「公開版CFPサポーティングスタディーレポート」と「非公開版CFPサポーティングスタディーレポート」を作成し、Notified Bodyへ提出する。本オプションのメリットとしては、適合性評価依頼~評価におけるプロセスがデータ管理事業者とNotified Body事業者間で実施されるため効率的である。また、サプライヤーにとっての事業上秘匿性の高い情報は宣言事業者を介さないため、セキュリティーが担保される。他方、デメリットとしては、第三者のデータ管理事業者を委託するための費用が発生することである。

(JRCレポート*4を基に弊社作成)

 Ouranos Ecosystemにおける開発方針としては、サプライチェーン上のデータ連携の仕組みに関するガイドラインα版*6において、サプライヤーが下流事業者へ第三者検証機関の検証結果としてのCFP証明書を連携する要件が明記されていることから、【オプション②】が想定される。いずれにせよ、欧州電池規則に対応するためにどのオプションで行くべきかについて、メーカーとサプライヤー間で慎重に協議する必要がある。

終わりに

 今回は、欧州電池規則に基づく上市までのプロセスを中心に、開示が要求される報告書、報告書に対する第三者検証、および検証要件を満たすためのサプライヤーとOEM間でのCFPデータの連携パターンについて説明した。その中で蓄電池のCFPデータについて欧州電池規則への適合性評価のために必要な作成文書とサプライヤーとメーカー間での関連情報の連携オプションについて詳細化した。

 次回は、欧州委員会や欧州OEMの動向等、欧州電池規則がもたらすインパクトに関するシリーズの掲載を予定している。また、2024年2月に、当社事業パートナーである三菱東京UFJ銀行の欧州リサーチチームにも登壇頂き、電池規則対応を含む欧州自動車サプライチェーンの動向に関するウェビナーの開催も予定している。

<出所先>

*1 欧州電池規則(Official Journal of the European Union)2023/7/28
*2 日本貿易振興機構(ジェトロ)自己宣言のためのCEマーキング適合対策実務ガイドブック(EU)
*3 経済産業省 別紙4 副読本 CEマーキング 技術文書の作成の手引き
*4 Joint Research Centre (JRC)Rules for the calculation of the Carbon Footprint of Electric Vehicle Batteries (CFBEV)
*5 経済産業省 2023年4月21日_経済産業省蓄電池のカーボンフットプリント資料
*6 経済産業省、デジタルアーキテクチャ・デザインセンタ(DADC) サプライチェーン上のデータ連携の仕組みに関するガイドラインα版(蓄電池CFP・DD関係)

  • 記事を書いた人
    野底 琢(営業本部ソリューション開発室室長)

    三菱UFJリサーチ&コンサルティングで環境関連コンサルティング業務に従事。ゼロボードでは環境省や経済産業省のCFP実証など幅広い分野を担う。横浜国立大学大学院環境情報学人工環境専攻にてLCAも研究中。