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欧州電池規則がもたらすインパクト②

目次

2023年10月の欧州電池規則インパクトレポート①では欧州での電動車販売動向や、「欧州電池規則とは?」といった概要部分にフォーカスし内容をまとめた。今回は、欧州電池規則で求められるカーボンフットプリント(以下CFP)の算定における必要事項や、そのためのサプライチェーン(以下SC)のデータ連携、そしてその手段となるOuranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)、また、Gaia-X・Catena-X等海外のサプライチェーンデータ共有基盤についても掘り下げていきたい。

欧州電池規則で求められるCFP

 今のところ求められる要件の拠り所となるのは、欧州電池規則の原文と、欧州委員会の研究機関であるJoint Research Centre(合同研究センター。以下JRC)の「Rules for the calculation of the Carbon Footprint of Electric Vehicle Batteries (CFB-EV)のFinal draft」、そしてバッテリーのProduct Environmental Footprint Category Rules for High Specific Energy Rechargeable Batteries for Mobile Applications, Version 1.1 (February 2020)等であるが、詳細は2024年2月までの期限で採択が予定されているCFP算定方法に関する委任法を待つ必要があるため、ここではCFP算定のポイントとなる「一次データ」について議論を深めていきたい。

 まずは前編でも取り上げた欧州電池規則のアウトラインをおさらいすると以下の通り。

  • スタートは2025年2月18日から
  • CFPの算定は製品環境フットプリントカテゴリールール(PEFCR)に準拠する
  • 各ライフサイクル(原材料、製造、流通、使用後)において算出する
  • 使用段階はメーカーの直接的影響下にないため計算から除外する
  • 第三者機関によるCFP値の認証が必要
  • 2026年8月18日からはCFP性能クラスの記載も必要
  • 2028年2月18日からは設定されたCFPの最大閾値を下回る必要あり。NGの場合EU域内での販売ができない

出所:欧州電池規則を基にゼロボード作成



 また、上記に加え、欧州電池規則に対応するためのCFPの算定は原則「一次データ」を活用しなければならない。一次データとは、算定事業者が自らの責任において収集するデータであり、IDEAや産業連関表による二酸化炭素排出原単位等の共通データや文献データはCFPの算定において原則使用できない。よって、算定事業者は自社よりもSC上流の事業者から、CFPを算定するためのデータを収集し、そこに自社の生産工程の情報を合わせCradle to Gateでの算定を行う必要がある。


蓄電池のサプライチェーンと求められる一次データ

 蓄電池は、正極、負極、セパレーター、電解液、電池セルケース等を組みあげて製造される。

出所:Rules for the calculation of the Carbon Footprint of Electric Vehicle Batteries (CFBEV)*1

 上記のJRCレポートによると、CFPの算定にあたっては、各部素材の製造過程におけるCO2排出量を足し上げていくことが必要であり、下記に記載の部材を製造している企業には、CO2排出量の取得に関する一次データの取得が求められると想定される。

出所:Rules for the calculation of the Carbon Footprint of Electric Vehicle Batteries (CFBEV)*1



 また、ここに欧州電池規則等で記載のある内容もあわせると、蓄電池サプライチェーンで必要な一次データ連携は下図の通りとなり広範な事業者が対象と想定される。

出所:2023年4月21日_経済産業省蓄電池のカーボンフットプリント資料*2をもとに欧州電池規則、JRCレポート内容を踏まえゼロボードで作成




ではどのように一次データを連携していくか?

神の名を持つシステム

 SCをつないでのデータ連携を要求し、SC上のどこにCFPの削減余地があるのか?、また人権DDの観点ではどこに課題があるのか?、可視化の先のアクションまで見据え欧州電池規則は設計されている。CFPの算定において、一次データを入手しようとしても、情報を出す側からすると、欧州電池規則第39条に「Obligations of suppliers of battery cells and battery modules」の記載があり、「電池セル及び電池モジュールの供給者は、本規則の要求事項を遵守するために必要な情報及び文書を提供しなければならない。(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32023R1542)」とあるが、CFP情報に関するデータを全て開示することは、自社の生産工程に関する情報を納品先に開示することにもなり極力避けたい。また、情報を依頼する企業サイドからみても、近年SC自体がますます複雑化しており下流企業が上流SCの全ての情報を掌握することはほぼ不可能である。一方で、自然災害や地政学リスク、ビジネスへのSCデータ活用の観点でも、データドリブンでのSCマネジメントの重要性は益々高まっている。

 この状況下日本国として、欧州電池規則対応でのSCデータ連携を最初のユースケースと見据え目下構築が進められているのが、「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」である。この取り組みは、サイバー×フィジカル、金流・商流のDXと物流・人流のDXの実現を目指すイニシアティブであり、この中の1つのアジェンダとしてサプライチェーンデータ連携基盤としての側面がある。経産省のHPには、「グローバルにサプライチェーン全体を強靱化・最適化してカーボンニュートラルや経済安全保障、廃棄ロス削減、トレーサビリティ確保等の社会課題の解決を進めながら、同時に中小企業やベンチャー企業を含めた様々なステークホルダーが活躍して産業が発展する社会を実現する」とある。

出所:経済産業書HP*3






 欧州電池規則対応において、ウラノス・エコシステムがどのような構造になっているか機能するかを示すと下図の通りである。

出所:Zeroboard for batteriesのHP*4

 ウラノス・エコシステムとは単一のシステムをさすのではなく、アプリケーション層まで含めた一連のイニシアティブである。企業はCFPにおいては、自社で管理しているERPやBoM、各種社内システム等からの情報をアプリケーションを活用しCFP算定を行い、その情報をデータ連携システム層におく、次にその情報を必要とする下流企業が一次データとしてここから取り出し、また自社でのCFP算定を行っていく、この流れが繰り返されていくことでサプライチェーンを一次データでつないだ欧州電池規則対応で求められるCFP算定が可能となる。この一連のプロセスにおいて情報提供企業は、その公開範囲を自ら設定できる等秘匿性が担保される仕組みは整っている。

 日本国としては、欧州電池規則に対し、主に関係する自動車工業会(JAMA)・自動車部品工業会(JAPIA)・電池サプライチェーン協議会(BASC)の3団体もこのウラノス・エコシステムを活用したSCデータ連携によるバッテリーのCFP算定、人権・環境DD対応を行っていく予定であるが、海外のサプライチェーンデータ連携の動きはどうなっているのか?という質問もしばしば頂戴する。有名なものは欧州のGaia-X・Catena-Xであるが、ギリシャ神話上でGaia(大地の神)とOuranos(天空神)は夫婦である点も興味深い。

グローバルでのSCデータ連携の動き

 グローバルでみると、サプライチェーンデータ共有の取り組みは様々であり、米国のようにGAFAMをはじめとしたメガプラットフォーマーが企業間データ連携を推進し、政府としてのデータ集積・利用への関与が限定的な場合もあれば、他方中国のように巨大な内需とコスト安を背景に、官によって統制・保護をしながら民間企業(BATやTMD等)を育てていくプラットフォーム戦略もある。欧州は、巨大な欧州経済圏に対し、官主導で社会課題にフォーカスしたテーマを設定し、域内企業に有利なルール(デジュール・スタンダード)の策定をすると共に、データ主権を背景に域外からの参入障壁を設けつつ、域内データ流通を促進している。自動車業界をカバーするCatena-Xや、製造業向けのManufacturing-XやSmart Connected Supplier Network等があるが、上記欧州の考え方を体現し、各種イニシアティブの元となっているのはGaia-Xである。Gaia-XのHPに記載されている目的は「Our goal is to establish an ecosystem, whereby data is shared and made available in a trustworthy environment.(信頼できる環境でデータが共有され、利用できるエコシステムを確立すること)」とあり、この各エコシステムは以下の通り紹介されており、ウラノス・エコシステムとコンセプトは似通っていると考えられる。

出所:Gaia-XのHP*5

 また、その中でCatena-Xは、自動車OEMからTier-1・Tier-2・・・Tier-nへと連なる広範なグローバル自動車バリューチェーンをデータドリブンで信頼性高く構築するとしている。

出所:2022年のCatena-X開催セミナー*6

 今後も各国・地域で様々なSCデータ共有基盤が構築される可能性があり、それらは相互に連携していくことが想定されるが、国家間のエコシステムの連携タイムラインは現時点では定まっておらず、2025年2月18日から必要となる欧州電池規則対応におけるバッテリーのCFP算定・開示の多くは、自社でCFPを算定し、その情報をウラノス・エコシステムに連携していきサプライチェーンをつないでいくことになる。

 次回は、一次データ同様に欧州電池規則対応で求められる第三者検証等についても掘り下げていきたい。

<出所先>

*1:Rules for the calculation of the Carbon Footprint of Electric Vehicle Batteries (CFBEV)
https://eplca.jrc.ec.europa.eu/permalink/battery/GRB-CBF_CarbonFootprintRules-EV_June_2023.pdf
*2:2023年4月21日_経済産業省蓄電池のカーボンフットプリント資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chikudenchi_sustainability/pdf/004_03_00.pdf
*3:経済産業書HP
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digital_architecture/ouranos.html
*4:Zeroboard for batteriesのHP
https://zeroboard.jp/zeroboard-batteries/
*5:Gaia-XのHP
https://gaia-x.eu/who-we-are/vertical-ecosystems/
*6:2022年のCatena-X開催セミナー
https://youtu.be/cGKejQutrKc




  • 記事を書いた人
    小野 泰司(営業本部 本部長)

    大学卒業後、トヨタ自動車株式会社入社。 新型車企画・モビリティサービス企画等幅広く経験。その後労働組合専従。副執行委員長としてデジタルとカーボンニュートラルの2本柱での全社方針立案を推進。その後トップサポート渉外チームに着任。経産省との連携や自工会の活動等の社外折衝と共に、全社でのBEV計画立案等にも幅広く携わる。2022年7月よりゼロボードに参画。自動車、物流、小売等の脱炭素ソリューション開発や、各種事業戦略、海外展開等を所管。